ニュースマンボ

「マンボ!」は、スワヒリ語で「こんにちは」の意味です。 皆様の毎日が楽しくなるような記事をお届けします。


    官製の東西市は律令国家とともに衰退し、市人の中から卸売商を行う者が現われ、問屋集合による卸売市場が生まれる。これは座を形成したが、16世紀以降の楽市・楽座によって座は解体され、城下町の中央市場と、各地の住民のための小売市場に分かれてゆく。中央市場に問屋が集まる一方、小売市場
    22キロバイト (2,943 語) - 2020年5月31日 (日) 15:35



    (出典 image.news.livedoor.com)


    日本で言ったら築地で発生するようなものか

    1 まいんすたあ ★ :2020/06/13(土) 17:33:57.37

    中国・北京市当局は、先にコロナウイルスが検出された同市最大規模の卸売市場で、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者が49人発生したと発表した。そのうち45人は無症候性保菌者。

    続きはソースで
    北京市の市場で新型コロナ感染 約50人|スプートニク日本 2020/06/13 10:58
    https://jp.sputniknews.com/covid-19/202006137532865/


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    “「ズボン」「スカート」選択OK 大津町の小中学校、制服の男女区別廃止へ”. 熊本日日新聞 (2020年2月27日). 2018年3月23日閲覧。 メンズブラ 柏市立柏の葉中学校 - 同校の制服は全国に先駆け、女子に限らず男子でもスカートを制服として選択することが認められている。 学童服 - 制服選択制 女装 異性装
    18キロバイト (2,491 語) - 2020年4月10日 (金) 15:55



    (出典 chibashigaku.jp)


    疑問を持ったこともなかった 当人にしかわからないから声を上げないとね

    1 蚤の市 ★ :2020/06/13(土) 15:33:29.83

     「スカートの制服を毎日、血へどを吐く思いで着て学校に通いました」。自らの性を男性と認識する高校生(17)が、母校を含めた東京都江戸川区の全区立中学校の制服を選択制にするよう区に求める署名活動を、ネット上で始めた。学校には制服や名簿など男女を区別するものが根強く残っているといい、「不登校や、時に命にもかかわる問題だと知って、対応してほしい」と訴える。 (奥野斐)

     署名を始めたきっかけは、今月に入って新型コロナウイルスによる休校から学校が再開された後、区内の中学で男女別の分散登校が実施されたことだった。「自分のような子は苦痛だろうな」。中学時代、気持ちを押し*て制服を着ていた日々を思い出し、五日に署名サイト「Change.org」で、「江戸川区の制服を選択制にしてください!」と掲げた。
     物心ついた時から「女の子じゃない」と感じていた。レースの付いた服を着せられたり、女の子扱いされたりするのが嫌で仕方なかった。中学生になり、毎日のスカートに加え、体操着も男女で柄が異なっていた。男子用を借りて着た時には、先生から「なんで女なのに男の体操着を着ているんだ。気持ち悪い。*」と言われ、週一、二回しか登校できなくなった。
     「気遣ってくれる大人はいなかった。むしろ、否定され続けてつらかった。自殺を考えたこともあった」
     一年の三学期ごろから、仕方なく少しずつ学校に通うようになった。三年の秋、修学旅行を前に「女の子と一緒に風呂に入れない」と学校側に伝えた。風呂は個室にしてもらえたが、先生は「あと半年だから我慢しなさい」と女子扱いのままだった。
     文部科学省によると、制服は教育委員会や学校長の判断に委ねられている。同省は二〇一五年に、性同一性障害など性的少数者の児童生徒に対し、きめ細かな対応をするよう通知。例として「自認する性別の制服・衣服や、体操着の着用を認める」と示した。
     東京都世田谷区は昨年四月から、全ての区立中で制服を自由に選べるようにした。千葉県柏市で一八年春に開校した市立柏の葉中も、性別に関係なく選択できる。出生時の性別と異なる性を生きるトランスジェンダーに限らず、防犯や防寒面から制服の選択制を望む声もある。江戸川区によると、同区でも制服選択制について教育委員会で検討は始めているという。
     署名を始めた生徒は、制服がない定時制高校に進学した。地元の支援団体「LGBTコミュニティ江戸川」に関わり、同じ悩みを持つ子どもたちの存在や、死を選ぶ人もいると知った。「僕と同じように制服に苦しむ後輩たちを少しでも減らしたい。それぞれが着たいものを着る権利を尊重して」と願う。
     団体代表の七崎良輔さん(32)は「わがままではなく、制服をこれだけ苦痛に感じている子がいる。行政は先生たちへの啓発や研修をし、不要な男女分けをなくしてほしい」と話している。

    東京新聞 2020年6月13日 14時51分
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/35340


    【「毎日血へど吐く思いでスカートをはいた」LGBTの高校生が、江戸川区の制服を選択制にするよう署名活動】の続きを読む


    北朝鮮による日本人拉致問題(きたちょうせんによるにほんじんらちもんだい)とは、1970年代から1980年代にかけて、北朝鮮の工作員や土台人、よど号グループなどにより、17人(北朝鮮側によれば13人)の日本人が、日本、欧州から北朝鮮に拉致された問題である。 日本政府が認定した拉致事案は12件、拉致
    161キロバイト (25,425 語) - 2020年6月12日 (金) 07:17



    (出典 www3.nhk.or.jp)


    当初聞いた時は、スパイ映画か何かのようであまりにも非現実的な感じがした 蒸発する人なんていくらでもいるしね、と思っていた気がする

    1 納豆パスタ ★ :2020/06/13(土) 16:52:19.40

    「“北朝鮮が拉致するはずがない”“でっち上げだ”という声が政治家・メディアにも多かった」平沢勝栄氏が振り返る拉致問題
    ABEMA TIMES 2020.06.12 14:20
    https://times.abema.tv/posts/7057789
    動画のほうがわかりやすいです。
    https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p1971

     1977年に13歳で行方不明になった横田めぐみさんを探し続けて43年。再会が叶わないまま亡くなった滋さん。
    現在、日本政府が認定している拉致被害者は17人、その可能性がある人は800人を超えており、
    問題解決に向け進展が見えないことについて、安倍政権への批判が再び高まっている。

     一方、めぐみさんの弟・横田哲也さんが9日の会見で「あるジャーナリストやメディアの方が、
    安倍総理は何をやっているのかというようなことをおっしゃる方もいる。
    北朝鮮問題が一丁目一番地で掲げていたのに何も動いていないのではと。
    安倍総理、安倍政権が問題なのではなく、40年以上も何もしなかった政治家や、
    北朝鮮が拉致などするはずないと言ってきたメディアがあったから、ここまで安倍総理、安倍政権が苦しんでいる。
    安倍総理、安倍政権は動いてやって下さっている。なので、
    何もやっていない方が政権批判をするのは卑怯だと思う」と訴えたことが注目されている。

     11日の『ABEMA Prime』では、衆議院の拉致問題特別委員長を務めるなど、
    長年にわたって問題に取り組んできた平沢勝栄衆議院議員に話を聞いた。

    ■「“北朝鮮を攻撃するためのでっち上げだ”という声が強かった」

     そもそも、北朝鮮はなぜ日本人を拉致するようになったのだろうか。

     平沢氏は
    「後で結果的に分かったことだが、韓国との対立が厳しくなるにつれ、
     北朝鮮から韓国に工作員を送りづらくなっていった。
     そこで日本経由、あるいは日本人のパスポートを使って送り込んだ方がいいということになり、
     日本人を拉致し、日本語や振る舞いを教育するようになった。
     例えば1987年、ソウルオリンピックの前年に飛行中の大韓航空機が爆破される事件が起きたが、
     実行犯の1人である金賢姫は逮捕時に日本人のパスポートを持っていた。
     さらに、その教育係は拉致被害者の田口八重子さんに間違いないということもわかった」
    と説明する。

     このような拉致事件が発生したのは、主に1970年代後半から80年代にかけての時期だとされている。
    1980年にはサンケイ新聞(現・産経新聞)が疑惑をスクープ報道したものの、世間の反応は冷ややかだったという。

     平沢氏は
    「今では考えられないことだが、小泉元総理が訪朝した際に北朝鮮が拉致を認める以前は
     “北朝鮮がなぜ中学生の女の子を拉致しなければならないのか
     ”“日本人を拉致するはずがない”といった声の方が強かった。
     特に80年代までは旧ソ連・社会主義陣営の北朝鮮と、
     アメリカ・資本主義陣営の韓国は激しく対立していた冷戦時代。
     政党、政治家、東大教授などの有識者にも
     “共和国(北朝鮮)を攻撃するためのでっち上げだ”と主張する人が多く、
     空気としてもそれが支配的だった。
     確かに産経新聞は拉致だとして一生懸命に追っていたが、
     あくまでも“疑い”だったし、
     他のメディアは無関心なところが多く、
     中には北朝鮮寄りの報道をしていたところもあった」
    と振り返る。

     日本政府が北朝鮮による拉致を正式に認めたのは1997年。
    この年、横田夫妻はめぐみさんが北朝鮮で生きていることを知った。
    娘を探し始めて20年が経っていた。
    そして金正日総書記が日本人の拉致を認め、5人の被害者の帰国が実現したのは、2002年、
    当時の小泉総理が北朝鮮を電撃訪問したときのことだ。

    (続きはリンク先と動画)

    関連
    横田めぐみさんの弟
    「安倍総理は動いてくれてる苦しんでいる。やっていない方が政権批判をするのは卑怯、
    的を射ていない発言はやめて」★10 [緑の人★]
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1591953247/


    (出典 files-uploader.xzy.pw)

    http://www.rachi.go.jp/jp/megumi/


    【【拉致問題】80年産経スクープの時、世間は「拉致はでっち上げ」と言った】の続きを読む

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